バイポーラトランジスタ AB級30Wパワーアンプ


以前、オペアンプにパワートランジスタを組み合わせたパワーアンプを作ろうとしていました。
そのとき様々なオペアンプのデータシートを見ていたのですが、ナショセミのLH0032というオペアンプの資料に目を惹かれました。
かなり以前に存在したハイブリッド構造のオペアンプで、メタルキャンパッケージの中に小さい基板が入っており、その上に小さなトランジスタなどの素子を半田づけしてあるという、凝ったものです。昔はこれくらい手間をかけないと高速なオペアンプが作れなかったのですね。
速度以外の性能はバッサリ切り捨てた古いオペアンプですが、モノリシックICより導体が良質なためか多量に電流を流しているせいか音質がよく、オーディオ用途にも珍重されているようです。
でも既に廃品種となっていて、入手困難と聞きます。

LH0032は詳細な内部回路図が公開されていて、回路構成を真似てディスクリートオペアンプを作ってみることができます。そうやってLH0032に相当するオペアンプを自作して楽しんでおられる方も多いようですね。
lh0032.gif

中身としては、初段にJFET、2段目にバイポーラTrを使った2段差動増幅+SEPP出力段となっています。周波数特性を稼ぐため、2段目はカスコードがついてますね。
LH0032相当のオペアンプモジュールをディスクリートで作り、バイアス生成回路とパワートランジスタによる出力段を外付けすればパワーアンプになるよね、と考えていたとき。

LH0032(もどき)の終段トランジスタを大きいやつに換えたら、そのままパワーアンプになるんじゃね?

と思いつきました。
そこで、LTspiceで回路を起こしてみます。

ltc-0027.gif
初段がバイポーラトランジスタになっているのは、JFETのペア取りなんて面倒くさくて死にそうな気がしたからです。ここを2SC1815にしておくと、安価に特性の揃ったトランジスタが得られることでしょう。
また、あまり速度を稼がなくてもいいような気がしたので2段目のカスコードは外しました。Q2のコレクタ損失を分担するつもりで、後からQ10だけ再度追加しましたが。
出力段にパワートランジスタを追加して、位相補償端子に相当する部分に150pF(C2)を入れます。
信号源インピーダンスが高いと発振する傾向があったので、入力にCR直列による補償(C1とR6)を追加しています。
10kHz信号で出力電圧13.5Vrmsを得たとき、「Total Harmonic Distortion: 0.009001%」だそうです。
理論値なので実際にはこんなにうまくいかないでしょうが、この歪率が小さくなるよう各部の定数を調整しました。

シミュレーションで得られた周波数特性とループ利得・位相のグラフはこんな感じ。
ftok-1.png
ftok-2.png

実際に作ってみないとわからないところもありますが、これを見る限り安定しています。
高い周波数まで利得が伸びていると、それを元手に高い周波数での歪率を下げることができるのですが、あまりに欲張り過ぎると不安定になるので、うまいことバランスをとりつつ詰めていきます。

シミュレーションが終わったら、制作用に回路を起こして基板を作ります。

LD27main-sche.png
回路図拡大

アンプ基板部品配置図(部品面より、png)
感光基板フィルム(部品面より透視、720dpi、png)

ld27photo-mainboard1.jpg

ld27-photo-mainvw.jpg

部品表(アンプ基板)

番号 品名 記事
C1 220p フィルム、マイカ、低誘電率セラミック等
C2 0.1u フィルム
C3 22u 電解コンデンサ(音響用推奨)
C4 47p フィルム、マイカ、低誘電率セラミック等
C5 150p フィルム、マイカ、低誘電率セラミック等
C7 3.3u フィルムまたは電解コンデンサ
C8 (3.3u) フィルムまたは電解コンデンサ
C9 0.033u フィルム
C10 0.1u パナソニックECHU 50V耐圧
C11 0.1u パナソニックECHU 50V耐圧
C12 100u 電解コンデンサ(音響用推奨)MUSE KZ等
C13 100u 電解コンデンサ(音響用推奨)MUSE KZ等
C14 220u 電解コンデンサ(音響用推奨)MUSE KZ等
C15 220u 電解コンデンサ(音響用推奨)MUSE KZ等
C16 0.1u パナソニックECHU 50V耐圧
C17 0.1u パナソニックECHU 50V耐圧
L1 0.7u 手巻き空心
Q1 2SC1815-GR Q2とペア
Q2 2SC1815-GR Q1とペア
Q3 2SC1815
Q4 2SC1815
Q5 2SA1015-GR Q6とペア
Q6 2SA1015-GR Q5とペア
Q7 2SC1815 2SC3421でも可
Q8 2SC1815 Q9とペア
Q9 2SC1815 Q8とペア
Q10 2SC1627-Y
Q11 2SA817-Y
Q12 2SC5198 2SC5200でも可
Q13 2SA1941 2SA1943でも可
Q14 2SA1015
R1 220 音響用推奨
R2 27k 音響用推奨(1/4W〜)
R3 1k 音響用推奨(1/4W〜)
R4 1k 音響用推奨(1/4W〜)
R5 120 音響用推奨(1/4W〜)
R6 1.5k 音響用推奨(1/4W〜)
R7 330 音響用推奨(1/4W〜)
R8 120 音響用推奨(1/4W〜)
R9 120 音響用推奨(1/4W〜)
R10 470 音響用推奨(1/4W〜)
R11 82 音響用推奨(1/4W〜)
R12 220 音響用推奨(1/4W〜)
R13 0 ジャンパ線可
R14 0 ジャンパ線可
R15 0.22(3W) 巻線または酸金
R16 0.22(3W) 巻線または酸金
R17 27k 音響用推奨(1/4W〜)
R18 1.8k 音響用推奨(1/4W〜)
R19 1.8k 音響用推奨(1/4W〜)
R20 27k 音響用推奨(1/4W〜)
R21 10(3W) 巻線または酸金
R22 10(3W) 巻線または酸金
R23 82 音響用推奨(1/4W〜)
VR1 100(B)
バーンズ3296W-1-101 または相当品
VR2 500(B)
バーンズ3296W-1-501 または相当品

トランジスタは入手しやすい東芝の現行品を使うようにしました。
どこでも置いてそうな気がします。秋月でも全部揃いますよ。

2SC1815と2SA1015は100本くらい買って選別するとよいでしょう。
VbeとhFEの揃ったペアトランジスタを使わなくてはいけない箇所があります。
今回はディジタルテスタのダイオード測定機能とhFE測定機能を使って選別しました。本当はちゃんとした治具を作って測った方がいいのですが。
簡易選別ですが、±1mV、hFE±1以内のペアが結構簡単に得られました。
GRランク指定の箇所はGRで、それ以外はGRでもYでも構いません。Q1とQ2をBLランクにすると入力バイアス電流が減って好ましいのですが、hFEの大きいトランジスタはペア取りがしにくい傾向があるので、無理せずにおきましょう。

Q1とQ2、Q5とQ6、Q8とQ9はhFEとVbeの揃ったトランジスタを使い、平らな面を合わせて接着し熱結合してください。接着した後、銅箔テープで覆うとなおよろしいです。

Q7はQ12,Q13の取り付けられている放熱板に接触させ、熱を拾えるようにしてください。2SC1815の平らな面を放熱板に貼りつけてもよいですし、2SC3421を表裏逆にしてネジ固定しても構いません。
(実機では2SC3421を使っています)

可変抵抗は多回転タイプを使っています。マルツや秋月で買うと安価でしょう。

入力段〜励振段は安定化された±24V、終段にもそれと同じ程度の電圧(安定化不要)を与えます。
終段電源のコネクタはWAGO236を使っています。ここは任意のコネクタでよいのですが、WAGO236はRSコンポーネンツに扱いがあります。1列のコネクタをいくつも合体させて任意の列数にできるので、なかなか便利です。

R13,R14はジャンパ線でつないでしまって差し支えありません。

入 力カップリングコンデンサ(C7,C8)は好みで選んでください。数十uFくらいあっても低域再生のためにはよいかもしれません。実機ではDTDZフィル ムコンデンサの10uFを2並列としています。ここを電解コンデンサにするときは、入力端子側をプラスに、R19〜Q2へ向かう側をマイナスにしてくださ い。
反転入力端子側のカップリングコンデンサ(C3)も、好みで決めてください。回路図では22uFとしていますが、もう少し容量を大きくで きればそれに越したことはありません。実機では3v22uFのチューブラ型タンタルコンデンサを2並列としています。GNDへ落ちている側がプラス、Q1 へ向かう側がマイナスです。

L1は、直径10mmの筒にUEW線を10〜12回巻き、長さ10mmに仕上げると丁度いいインダクタンスのコイルになります。UEW0.8当たりを密に10〜12回くらい巻くのがいいでしょう。実機ではPCOCC単線を使ってみました。

C4は22p程度にした方がよかったかもしれません。

電源

終段には±23Vくらい、電圧増幅段には±24Vを与えます。
電源基板は左右独立で作ることにしていたので、そのつもりで電流容量を見積もっています。
普通に7824/7924で安定化電源を作ってもよいのですが、今回はLM723を使ってみました。
安定化電源基板ができたら単体で通電して、電圧調整は済ませておきましょう。

電源トランスはトヨズミのHT-5002を2個、ヤフオクで落札したカットコアトランス(190VA、0-100-110V/23-0-23V)を1個使用しました。

電源回路1(png)
電源回路2(png)

ld27-photo-powvu.jpg
シャシー内部に、もう1チャネル分の電源基板が隠れています。

ミュート基板

またTL431を使って作りました。3秒の遅延が得られます。
電解コンデンサの漏れ電流が大きいと困りそうな気もしますが、うまく動きました。

ld27-mute-sche.png
ld27-photo-mute.jpg

組み立てと調整

手持ちの放熱板とトランスが必要以上に大きかったので、リードのアルミシャーシS-1を使っています。
バイアストランジスタをパワートランジスタに共締めしたのですが、ちょっと温度補償が効きすぎている感じ。ここまでしなくても、普通に放熱板へ固定すれば十分そうです。
放 熱板は、こんなに大きくなくても大丈夫です。B級アンプでコレクタ損失が最悪になるのは、だいたい最大出力の半分くらいを出力しているときと考えてよいの ですが、その状態が連続したとしても、片チャネルごとに2℃/Wくらいあればよさそうです。放熱板の外形(包絡体積)でいえば300cm3くらい。


電 源を入れる前に、まずアイドリング調整抵抗(VR2)を左に回しきっておいてください。そしてパワートランジスタのエミッタ〜エミッタ間に電圧計を接続し ます。そして電源を投入したら、アイドリング電流を調整してください。とりあえず44mV(100mA)にしておきましょうか。

次にVR1でスピーカ出力のオフセット電圧がゼロに近づくよう調整してください。十数mV程度、またはそれ以下なら正常に動作するでしょう。実機では0.1mVくらいまで調整でき、ほとんどドリフトが出ません。
VR1の調整幅が不足する場合はR11、R23を外すとよいかもしれません。

しばらく通電した後で、再度アイドリング電流を調整します。50mAも流せば十分正常に動作しますが、電源や放熱に余裕があれば様子を見ながら大きくしても構いません。音の傾向が変わってきますので、お好みで。
最近は250mAくらい流して使っています。


ld27-photo-frontv.jpg

ld27-photo-rearvw.jpg

ld27-photo-bottomvw.jpg

動作テスト

正弦波を入れて、クリップ直前の電圧からおおまかな最大出力を算出します。
6.7Ω負荷で14.7V出てましたから、32Wくらいですね。

10kHz矩形波を入れて、出力波形を見てみます(1/10プローブ使用)。

ld27-osc-10khz.jpg

スルーレートが10V/usくらいあるのかな?

それにしても見事なオーバーシュートですね。
でも一発だけで、リンギングと言えるほどには振動していません。
ちょっぴり気にはなりますが、とりあえずこのまま進めることにします。

ld27-osc-2.jpg
s-ld27-osc-3.jpg
s-ld27-osc-3b.jpg

(上:6.7Ω+0.1uF、中・下:0.1uFのみ)
リンギングは出ますが、割と早期に収束しています。
これはこれで差し支えなさそうなので、このまま使うことにしましょう。

中古のオーディオアナライザ(MEGURO MAK-6581)を入手したので歪率を測定してみました。
ld27-dist2a.png
なかなかよい感じです。

鳴らしてみる

よく引き締まった音で、しなやかに伸びる感じがあります。静かなときは静かだし。
静かなところからふっと音が立ち上がる感じがよく、音をむやみに膨らませないので細かい表情を感じ取りやすい印象です。
前回のA級アンプがゆったりふっくらで濃醇な感じ、今回は繊細でしなやかで清らかな感じでしょうか。
ディスクリートで自作してみた甲斐があるというものです。

ld27-play.jpg

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